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株式会社 大香

Essay 01 幼き日の記憶の香り:隈 研吾

隈研吾 Kengo Kuma

建築家

 建築はかつて視覚的な存在であった。視覚的であり写真的であった。
その拘束から建築をいかに解き放つかを考えた時、臭覚は大きな武器となる。
かつての日本建築は視覚的である以上に感覚的であった。
そう考えるきっかけは、僕の育った木造の古い家が、いろいろな香りに満たされていたからである。
まず畳の香りが圧倒的で、その畳の上をごろごろしながら一日中積み木遊びをしていた。
至福の時間で、今でも、積木を見ると、畳の香りと、そのザラザラとした質感が、同時に浮かんでくる。

 さらに仏壇からは、お線香とロウソクの香りがしてきた。
そういう想い出を取り戻したくて、ロンドンのロイヤル・アカデミー・オブ・アーツで
「sensing spaces 」という展覧会に出品を依頼された時、すぐに視覚の空間ではなく、
香りの空間をデザインしようと思いついた。
大香さんにお願いして、ヒノキとタタミの香りを作っていただいた。
来場者は通常の建築の展覧会とは違って、難しい顔をした人はいなくて、みなさん平和な表情を浮かべていた。

文 : 隈 研吾(くま・けんご)/ 建築家、東京大学教授
近作に根津美術館、浅草文化観光センター、長岡市役所アオーレ、歌舞伎座、ブザンソン芸術文化センター、FRAC マルセイユ等があり、国内外で多数のプロジェクトが進行中。新国立競技場の設計にも携わる。著書は『小さな建築』(岩波新書)、『建築家、走る』(新潮社)、『僕の場所』(大和書房)ほか、多数。