株式会社 大香

Essay 05 火焚きの香りの懐かしき:平野 恵理子

平野 恵理子 Eriko Hirano

イラストレーター、エッセイスト

 山ふところの集落に暮らすようになって半年余り。
木々の生い繁る場所だ。
夏は緑に囲まれて全身が緑色に染まりそうな気分になるし、冬にはこれまた大量の落ち葉で庭ごと埋もれそうになる。
近くの農家や庭の広い家では、その落ち葉や枯れ草などをよく焚いている。
家の中にいても、どこからともなく漂ってくる焚き火の匂い。山里の無料アロマテラピーだ。
これは、街に住んでいたころにはなかったもの。
仕事をしながら焚き火の匂いを味わえるとはなんとも心持ちがよく、実際に住むようになるまで予想しなかった収穫だ。
 火焚きをできるのが、文明を持つ人の特長であり、特権ともいえるか。
煮炊きをして、暖をとって、明かりを灯して、と火がなければ暮らしは立ちゆかない。
とはいえこれまたパラドックスだけれど、文明が進むほどに、実際の火焚きから遠ざかっている気がする。
町で暮らしていると、日常に見かける火はガスコンロの青い炎と、毎朝お仏壇にともすお灯明くらい。
照明にはもはや火を使わないし、暖房も炎の見えない器具が大半だ。
不規則に揺れる炎も匂いも煙もナシ。
 それでも、人はやはり実際に燃える火を欲しているのではないか。
客人来訪の折りに庭のバーベキュー炉に火をつけると、みんなが火の番をしたがる。
それぞれが火箸や火掻き棒を持って炉の前に陣取り、場所を譲らない。
赤い火を見ているだけで満ち足りて、それぞれがおっとりと火を囲んで時が過ぎる。
ほらね、やっぱりみんな火が好きなんだよね。
 火焚きの匂いがしてくると、どこか懐かしい気分になる。
竪穴式住居で火を焚いて暮らしていた大昔の人々の記憶が、今生きる私たちの体の中にインプットされているのだろうか。
炉の前にすわってトロンとしている自分たちをお互いに見ると、そうとしか思えなくなってくる。
 竪穴式住居の時代まで遡らなくても、こどものころに親しんだ近所の農家でしていた焚き火や、家の焼却炉を使ったゴミ焚き、
薪で焚くお風呂など、まだまだ暮らしの中にナマの火がふつうに燃えていた日々を思い出すのだろうか。
懐かしくて、切なくて、胸にギュッとくる火焚きの匂い。
 火焚きと人は、やはりやっぱり切り離せない。
個人的な趣味かもしれないが、この冬に購入した石油ストーブは自動点火ではなく、マッチをすって火をつけるものにしたし、
夏の蚊遣りは電気を使うものではなく、やはり蚊取り線香を使い続けている。
蚊取り線香の匂いも、これはこれで相当いい感じですぜ。
 と、なんだかこうして書きながらもトロンとしてきたと思ったら、
今日もどこかの家が焚いている火の匂いがほのかに漂ってきているのだった。

文 : 平野恵理子(ひらの・えりこ)/イラストレーター、エッセイスト
暮らしや着物、旅や山歩きに関するイラストやエッセイを各媒体に寄稿。おもな著書に『いとしい和の暮らし』『手作りで楽しむにほんの毎日』(以上、ヴィレッジブックス)、『ハピネス気分で山歩き』(山と渓谷社)ほか。